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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)12177号 判決 2000年11月07日

原告

桑田裕子

被告

平田靖弘

主文

一  被告は、原告に対し、金一七三〇万六七四六円及びこれに対する平成九年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三四八四万三六八二円及びこれに対する平成九年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

被告と原告との間で、下記交通事故(以下「本件交通事故」という。)が発生した。

発生日時 平成九年一二月一三日午前一〇時ころ

発生場所 大阪市中央区玉造二丁目二八―一九先交差点(以下「本件交差点」という。)

原告車両 普通自動二輪車(大阪市中央か二〇三三号)

被告車両 普通乗用自動車(大阪五〇ほ五三三三号)

事故態様 交通整理の行われていない本件交差点を右折中の被告車両と直進してきた原告車両の出合い頭衝突

2  被告の責任原因

被告は、被告車両を運転して交通整理の行われていない本件交差点を右折進行するにあたり、対向車線上や左方道路の確認に注意を奪われて右方道路の見通しの利く地点で停止せず、右方道路から進行してくる車両の有無及び右方道路の安全確認が不十分なまま進行した過失により、優先道路である右方道路を直進してきた原告車両と出合い頭に衝突したものであり、かつ、被告は被告車両の保有者であるから、民法第七〇九条及び自動車損害賠償保障法第三条に基づいて、原告に生じた損害を賠償する義務を負う。

3  原告の受傷及び治療経過

原告は、本件交通事故により下記<1>の傷害を負い、下記<2>のとおり通院治療を受けた。

(一) 傷病名

左橈尺骨遠位骨折、左手中指挫傷、上前歯破損、下顎打撲創、左肘関節挫傷、左膝関節挫傷、前胸部打撲

(二) 通院経過

辻外科病院 平成九年一二月一三日から同月一八日(通院実日数三日)

倉田整形外科 平成九年一二月一九日から平成一〇年三月一三日(通院実日数二四日)

大阪厚生年金病院 平成一〇年三月一一日から同年一〇月二二日(通院実日数五日)

はまさき歯科医院 平成九年一二月一三日から平成一〇年三月一三日(通院実日数一九日)

4  後遺障害

原告は、下記のとおりの後遺障害を残して症状固定し、事前認定手続の結果、自動車保険料率算定会大阪第三調査事務所により、下記<1>につき第一二級六号(一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)、下記<2>につき第一三級四号(五歯以上に対し歯科補綴を加えたもの)となり、併合一一級の後遺障害等級認定を受けた。

(一) 左橈骨遠位端骨折後変形治癒(症状固定日平成一〇年一〇月二二日)

左手骨折部分の関節面不整による疼痛、関節機能障害が持続し、日常生活に支障が出る程度に達している。

(二) 外傷性歯牙破損(症状固定日平成一〇年三月一三日)歯牙六歯の欠損。

二  争点

被告は、慰謝料及び後遺障害逸失利益算定の基礎となる収入額につき争うほか、本件交通事故の発生については、原告にも見通しの悪い交差点に減速せずに進入した過失があり、その過失割合は三割を下らないとして過失相殺を主張する。

第三争点に対する判断

一  損害額の内訳(括弧内は原告請求額)

1  治療費(七八万三二七九円) 七八万三二七九円

当事者間に争いがない。

2  通院慰謝料(一三〇万円) 八四万〇〇〇〇円

原告の受傷内容及び通院経過は上記のとおりであり、その通院実日数が五一日間であることその他の事情を考慮すると、通院慰謝料としては八四万円が相当である。

3  後遺障害逸失刊益(二六五二万九四三二円) 一四一五万九九八六円

甲第六号証、第八号証、第九号証の一、二、第一〇号証、第一一号証、第一八号証の一、二、原告本人によれば、原告(昭和二七年三月二九日生)は、平成三年ころから労働保険事務組合指導員として中小企業に対する労働保険への加入指導の業務に従事し、同事業を所轄する株式会社中小企業能率センター(労働保険関係)及び近畿社会保険センター(厚生年金関係)から、保険勧誘に伴う外交員報酬を得ていたこと、上記報酬としては、未加入の中小企業経営者を労働保険等に加入させた場合の成功報酬としての普及手当、保険料を振り込みから自動振替に変更させた場合の自振報奨、労働保険等に未加入の企業に赴き保険の説明だけに終わった場合の未適報奨等があるが、中心となるのは普及手当であり、その額は、勧誘に成功した企業の数及びその従業員数によって決まること、原告は、上記外交員報酬により平成九年度には一三四三万五六一七円の収入を上げ、これから経費等を控除した申告所得金額は七八八万八七七四円であったこと、原告の左橈骨遠位端骨折後変形治癒の後遺障害は、関節内の変形を来したまま骨癒合に至ったもので、症状固定時においても関節面の不整等に起因する左手関節の可動域制限及び疼痛が残存し、日常生活において衣服の着脱や、重たい物を持ち上げることができないなどの支障があり、症状固定時のままでは疼痛の軽減の可能性は見込めず、むしろ増悪する可能性があり、関節形成術や関節固定術等の手術が必要になることも考えられること、原告は、上記後遺障害のため長時間自動二輪車のハンドル操作等を行うことが困難になったため、平成一〇年一〇月には、自動二輪車の使用が不可欠な上記保険勧誘の業務を辞めざるを得なくなり、以後は、化粧品通信販売の電話による勧誘の仕事に就いていることの各事実を認めることができる。

上記事実によれば、原告は症状固定時四六歳であるから、就労可能年数二一年間に亘り、平成九年度の所得金額である七八八万八七七四円程度の年収を得ることが見込まれたところ、左手関節の可動域制限等により上記期間を通じて一四パーセントの労働能力を喪失したものと認めるのが相当というべきである。

これに対し、被告は、平成八年以前の原告の申告所得は平成九年度のそれに比べて低水準であり、平成九年度の所得は例外的に高かったものに過ぎず、労働保険に未加入の中小企業数には限りがあり、また、競合する事務組合が多数存在する以上、保険勧誘による高額の手数料収入を何年間にも亘って維持することは困難と考えられることからすれば、逸失利益の算定に当たっては、過去六年間の原告の平均所得二八一万二八〇三円を基礎収入として計算すべきであると主張する。

しかしながら、甲第一七号証、原告本人によれば、原告は、平成五年ころから平成八年七月ころまでは京都で勤務していたものであり、同所においては、その閉鎖性や企業の業種が偏っていて企業規模も小さいことなどから、大阪に比べ保険に加入する中小企業が極端に少なく、また、原告自身が体調を崩したことなどの事情もあって、その間は十分な手数料収入を上げることができなかったこと、平成八年八月以降大阪で勤務するようになってからは、興信所の資料等を自ら取り寄せ、予め電話で保険加入の有無を確認した上で、面会予約を取り付けて勧誘に赴くと、高い確率で勧誘に成功していたこと、株式会社中小企業能率センターにおいては定期的に転勤を命じられることはなく、原告が大阪で勤務し続けることは十分可能であったことが認められる。上記事実に、保険勧誘に成功するかどうかは、労働保険未加入の中小企業数、地域経済の良し悪し、地域性といった事情の外、勧誘員自身が経験を積み、土地勘を磨き、人脈を拡げ、勧誘の技術を上達させることなどにより、自ずと業務効率を向上させていくことによっても変わってくるものと考えられることをも併せ考慮すると、保険の勧誘による手数料収入には毎月あるいは年毎に波があるのは当然としても、だからといって、直ちに過去数年間分の所得の増減を考慮しなければならないものとは言えないというべきである。また、保険未加入の企業数に限りがあることから、保険勧誘による手数料収入が将来的に必ず頭打ちになるという被告の主張を認めるに足りる証拠はないし、そのような経験則の存在も認めることができない。したがって、本件においては、逸失利益を算定する際の基礎収入として、事故当時と同一の地域環境において同一内容の業務に従事していた過去一年間の所得を基準とすることをもって足りるというべきである。

なお、原告は、確定申告においては経費を水増しして申告しており、実際の所得は申告額を上回っていたと主張するが、これを認めるに足りる客観的な証拠はないから、原告の上記主張も採用し得ない。

そこで、前記のとおり認定した基礎収入及び労働能力喪失率に基づき、ライプニッツ方式により年五分の割合で中間利息を控除すると、下記のとおりとなる。

(計算式)

7,888,774×0.14×12.8211=14,159,986

4  後遺障害慰謝料(四〇〇万円) 三六〇万〇〇〇〇円

原告の後遺障害の内容及びこれに対し併合一一級の後遺障害等級の認定を受けたことについては前記のとおり争いがない。原告が同後遺障害を被ったことに対する慰謝料としては、三六〇万円が相当である。

以上損害額合計 一九三八万三二六五円

二  過失相殺

甲第二号証及び原告本人によれば、被告は、被告車両を運転して片側一車線(幅員約三・二メートル)の市道を東から西に向かって進行してきて、交通整理の行われていない本件交差点を北に向かい右折進行しようとしたこと、原告は、原告車両を運転して被告の進行してきた東西道路と交差する南北道路を北から南に向かって進行してきて、本件交差点を時速三〇ないし四〇キロメートルの速度で直進しようとしたこと、本件交差点においては、南北道路側に中央線が引かれて東西道路に対し優先道路となっており、かつ、東西道路側には一時停止の道路標識が設置されていること、本件交通事故当時、本件交差点北東角には普通乗用自動車が駐車しており、被告の進行してきた道路からは右方道路から進行してくる車両の見通しが利きにくくなっていたこと、被告は、前記一時停止の規制に従い停止線の手前で一時停止をしたものの、対向車線上や左方道路の確認に注意を奪われ、前記駐車車両の前面から右方道路の見通しの利く地点で停止せず、漫然と時速約五キロメートルで右折進行したところ、原告車両を右前方約三・四メートルの距離に発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、被告車両の右側面前部を原告車両に衝突させたことの各事実を認めることができる。

上記事実によれば、本件交通事故が発生したことについては、前記停止車両が存在し、交差道路右側の見通しが悪くなっていたにもかかわらず、被告が同方向に対する安全確認不十分なまま右折進行した過失によるところが大きいというべきであるが、他方、原告にも、自車進行道路が優先道路であったとはいえ、上記のように駐車車両の存在により見通しの悪くなっていた本件交差点に減速せず時速三〇ないし四〇キロメートルの速度のまま進入した過失があるというべきである。原告と被告の上記過失内容に鑑みれば、原告と被告の過失割合としては、原告の過失を一五パーセント、被告の過失を八五パーセントと解するのが相当である。

過失相殺後の損害額 一六四七万五七七五円

三  損害の填補(七六万九〇二九円)

原告が被告から本件交通事故による損害賠償の填補として上記金額を受領したことは争いがない。

損益相殺後の損害額 一五七〇万六七四六円

四  弁護士費用(三〇〇万円) 一六〇万〇〇〇〇円

上記認容額に鑑みると、本件における弁護士費用としては一六〇万円が相当である。

弁護士費用加算後金額 一七三〇万六七四六円

五  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告に対し金一七三〇万六七四六円及びこれに対する本件交通事故の日である平成九年一二月一三日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井健太)

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